「電子カルテを見れば、その患者がどの病院で何の薬を処方されたか一目でわかる」――そんな未来が、実はもうすぐそこまで来ています。厚生労働省が主導する医療DXの目玉施策「電子カルテ情報共有サービス」は、モデル事業での検証・改修を経て、2026年度中の本格運用を目指す段階に入りました。あわせて、電子カルテを持たない診療所向けの「標準型電子カルテ」も、全国複数地域でのモデル事業が進んでいます。皆さんの会社が医療機関向けにシステムを提供している、あるいは医療機関のIT部門を支援しているとしたら、この動きは決して対岸の火事ではありません。本稿では、医療DXの現在地を整理しつつ、相互運用性という壁を前に、ITストラテジストがどのような役割を担うべきかを考えます。
「電子カルテ情報共有サービス」とは何か ― 2026年度本格運用への道のり
「医療DX令和ビジョン2030」は、①全国医療情報プラットフォームの構築、②電子カルテ情報の標準化、③診療報酬改定DXという3本柱で構成されています。このうち②を実現する中核基盤が「電子カルテ情報共有サービス」です。患者の傷病名・アレルギー情報・検査結果・処方情報などを医療機関や薬局の間で共有し、救急搬送時や転院時にも過去の診療情報を参照できるようにする仕組みで、厚生労働省のワーキンググループ資料によれば、モデル事業での検証・改修を経て2026年度中の本格運用を目指すとされています。あわせて、まだ電子カルテを導入していない無床診療所向けには「標準型電子カルテ」のモデル事業が2025年度から始まっており、山形県や千葉県を含む全国複数地域で先行導入が進められています。紙カルテ運用からの急激な変更を避けるため、当初は紙カルテと併用できる設計になっている点も、現場の実情に配慮した進め方だと言えるでしょう。
HL7 FHIRが問う、「変換コスト」とベンダーロックインの壁
このサービスを支える技術基盤として採用されたのが、国際標準規格「HL7 FHIR」です。各医療機関は、自院の電子カルテなどが保持する診療情報をHL7 FHIR形式に変換し、共有サービスと連携できるようにする必要があります。しかし現場の実態は一筋縄ではいきません。多くの医療機関では、HL7 v2やCDA、あるいはベンダー独自フォーマットで構築されたシステムが今も稼働しており、これらを一度に置き換えるのは現実的ではないのです。既存データをFHIRへ変換するには、項目ごとのマッピング設計や開発・検証作業が伴い、相応のコストと時間がかかります。加えて、電子カルテはベンダーごとに独自仕様で作り込まれ、データ形式が非公開なケースも少なくないため、他システムとの連携には個別対応が必要となり、いわゆる「ベンダーロックイン」から抜け出しにくいという構造的な課題も横たわっています。皆さんが関わるシステムでも、こうしたレガシーな連携方式が温存されたままになっていないでしょうか。
ITストラテジストに求められる、データ標準化のロードマップ設計力
この状況でITストラテジストに求められるのは、単に「FHIR対応パッケージを導入する」ことではありません。既存システムの棚卸しを行い、どのデータをどの順序でFHIR形式に変換していくか、優先順位を付けた段階的なロードマップを描くことが欠かせません。特に中小規模の医療機関では、システム投資に割ける予算や人員が限られており、電子カルテ情報共有サービスへの対応と診療報酬上のインセンティブ、標準型電子カルテの導入支援策などを組み合わせながら、投資対効果を経営層(院長・事務長)に説明できる形に落とし込む調整力が問われます。また、変換後のデータ品質を担保する運用ルールや、現場スタッフが新しい仕組みを無理なく使いこなせるような教育設計まで含めて考えることも、システム開発のポイントとして重要でしょう。医療機関という現場を熟知した上で、標準化という国全体の大きな流れと、個々の医療機関の身の丈に合った投資判断とをつなぐ橋渡し役こそ、ITストラテジストが果たすべき役割だと言えます。
まとめ
電子カルテ情報共有サービスの本格運用開始、そして標準型電子カルテの普及拡大は、医療業界にとって長年の課題だった「情報の分断」を解消する大きな一歩です。しかしHL7 FHIRへの対応一つを取っても、その道のりは決して平坦ではなく、既存システムとの折り合いをどうつけるかという地道な設計・調整作業が現場には残されています。医療DXという大きなうねりの中で、技術と現場実務の両方を理解し橋渡しできるITストラテジストの価値は、今後ますます高まっていくのではないでしょうか。
参考情報
- 電子カルテ情報共有サービス、モデル事業での検証・改修経て「2026年度冬頃の本格運用」目指す―医療等情報利活用ワーキング(GemMed)
- 2025年1月から無床診療所向けの標準型電子カルテのモデル事業を実施、既存電子カルテの標準化改修も支援―社保審・医療部会(GemMed)
- 医療データ連携の共通言語 ― HL7 FHIR普及の壁と可能性(InterSystems)
- 医療DXについて|厚生労働省
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