「担い手のほぼすべてがデータを活用した農業を実践している」――政府が2018年の成長戦略実行計画で掲げたこの目標を、皆さんはご存じでしょうか。日本政策金融公庫が2025年3月に公表した調査によれば、スマート農業の導入率は全体で44.9%、畑作地帯に限れば7割に達しています。数字だけを見れば順調に思えますが、内実はやや違います。「データの活用が難しい」と答えた農業者は17.7%にのぼり、機器は導入したがデータは活かせていない、という状態が広がっているのです。これは実は、多くの企業のDXが陥る構図とよく似ています。
農業DX構想2.0とWAGRIが目指すもの
農林水産省は2021年に「農業DX構想」を策定し、2024年2月には「農業DX構想2.0」として改訂しました。中核にあるのが、農地・気象・農薬・肥料といった多様な農業データを標準インターフェースでつなぐ「農業データ連携基盤WAGRI」です。WAGRIは2019年4月の本格稼働以来、農地の区画情報を示す18桁の「筆ポリゴンID」を軸に、公的機関と民間企業のデータをAPIで連携する仕組みを整備してきました。あわせて、行政手続きを一本化する「eMAFF」や、農地情報を地図上で扱う「eMAFF地図」の整備も進み、2026年度には関連システムの本格運用開始が予定されています。ロボット農機のリース普及率も2026年に10%へ到達すると見込まれており、基盤とハードウェアの両輪が動き始めた年だと言えるでしょう。
現場が直面する「データ活用の壁」―初期投資とスキルギャップ
もっとも、基盤が整えば現場が動くわけではありません。前述の調査では、導入の障壁として「初期投資費用が高い」が79.0%、「ランニングコストが高い」が34.7%を占め、コスト面の重さが際立ちます。一方で「データの活用が難しい」という17.7%は、金額の問題ではなく人材とスキームの問題です。センサーやドローンから吸い上げたデータを誰がどう分析し、翌年の作付けや資材調達にどう反映させるか――この設計を担える人材が、生産現場にも、支援するITベンダー側にも十分にいないのが実情です。果樹(53.2%)や茶(44.3%)など今後の導入意向が高い作目ほど、この「使いこなす」設計の巧拙が普及速度を左右することになります。皆さんの業界でも、ツールは入れたのに定着しない、という似た場面に心当たりはないでしょうか。
興味深いのは、この構図が個々の経営体だけの問題ではなく、業界全体の構造に根ざしている点です。農業経営体の多くは小規模・家族経営であり、専任の情報システム担当者を置く余力がありません。そのため、機器メーカーやJA、自治体がそれぞれ個別にデータを抱え込み、経営体をまたいだ横串の分析ができないという「データのサイロ化」が慢性的に起きてきました。WAGRIが目指すのは、まさにこのサイロを越えて公的機関と民間サービスのデータをつなぐことですが、基盤があっても、それを使いこなす運用設計がなければサイロは解消しません。
ITストラテジストが担う橋渡し役 ―異業種のデータ連携設計に学ぶこと
WAGRIのようなオープンなAPI基盤を軸に多様な事業者のデータをつなぐ発想は、金融のオープンAPIや医療の情報連携基盤とも通じるものがあります。異なるのは、農業の現場では情報システム部門が存在しないケースが大半で、データ標準化の意義を非IT人材に翻訳し、投資対効果を示す役回りが不可欠だという点です。ここにこそ、ITストラテジストが業種を越えて発揮できる強みがあります。個々の農業者にAPIの仕様を説明する必要はなく、WAGRIや自治体のデータ基盤と、生産現場で使われる会計・出荷管理システムとをどうつなげば投資が回収できるかという「橋渡しの設計図」を描くことが求められているのです。これは農業に限った話ではなく、データ連携基盤への公共投資が進む他業種でも、同じ構造の課題が今後表面化していくはずです。
まとめ
スマート農業の導入率44.9%という数字は、機器の普及という第一関門を越えつつあることを示す一方で、データを成果に結びつける第二関門の入り口に日本の農業が立っていることを物語っています。農業DX構想2.0とWAGRIが用意した基盤を、現場の意思決定にどう接続するか。この橋渡しの巧拙こそが、今後数年のスマート農業の成否を分けるでしょう。異業種のデータ連携基盤に関わるITストラテジストにとっても、他山の石として学ぶところの多いテーマではないでしょうか。
参考情報
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